歩かなければ!絶対に歩かなければ!排泄事情がモチベーションに変わる。

病気平癒を誓う
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重症患者が入る病室で感じた事。みんな自分で生きている。

2019年
12月下旬

どうにかこうにか、PT(理学療法士)さんの尽力により立ち上がる事は出来ましたが、
歩くには程遠い状態。想像する事もまだ出来ません。

でもリハビリを終え、思うことがありました。

集中治療室から高度治療室での治療を経て
一般病棟に戻ることができて間もなくの頃。

とは言っても、一般病棟に戻った直後の記憶はほとんど残っておらず、
一般病棟といっても、ナースステーション近くの、重症患者対象の病室。

一般病棟に戻った記憶は勿論、
その前のICU(集中治療室)、HCU(高度治療室)に入っていた記憶も残っていないのです。
ある時期からは意識は戻っていたようなのですが、
記憶としては何も残っていないのです。

そんな中、意識と記憶の結びつきが、徐々に回復してきたのでしょう。
その病室での初めに残った記憶。恐らくは夜中の事。

大いびきをかかれる患者さんがいらっしゃったんです。
そのいびきが、突然止まるんです。

無呼吸症候群でしょうか。無呼吸の時間は長く感じ、そして突然に再開。
再開直後のいびきはより一層激しく、まさに、切れかけた酸素を激しく求めるが如く。
無呼吸の時間がいつもより長い時は心配になることがしばしありました。(笑)

寝むれなくて不快ではなかったんです。
力強さ、生きるという事を感じます。

平松愛理さんの名曲
部屋とYシャツと私の一節。

大地をはうような あなたのいびきも歯ぎしりも もう暗闇に独りじゃないと 安心できて好き

平松愛理さん 部屋とYシャツと私 より
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決して、おセンチな気分ではないのです。みんな、必死で生きているんだな…。
生きるって、とにかく空気を吸う事なんだな…。
そんなことを思うことが多くなりました。

苦しそうに呼吸をされている患者さんの呼吸音もそう。
懸命に生きておられるんだ。

呼吸を苦しそうにされている患者さんの辺りで感じる、ごそごそ動く気配。
何だろう?いびきがうるさくて眠れないのかな?
違うんです。おトイレに行かれようとしているのです。
しばらく自力で頑張られていました。ですが、ナースコールで助けを求めます。

音から察するに、歩行器を使用して、自力で歩かれています。

私はずっと天井を見つめるだけの姿勢しか取れません。
???、俺はどうなっているんだ?
この当時、ようやく意識が戻った状態の頃。
自分の身に何が起こったのか、全く知る由がありません。

酸素吸入を受け身でありながら、私の方が呼吸が楽であろう
軽症であろうとでも思っていたんでしょうか。
寝ながらですが、足が動きにくいと感じた記憶があります。
ごそごそと足を少し動かしては、動くことを確認したことも覚えています。

その時、自身の状況をどう考えたのか、どう感じていたのかは忘れました。
動けない事を認識していたのか、わかっていなかったのか…。
動けないとわかり、ただ、天井を見つめて過ごしていることを
苦痛と感じながらも我慢していたのか…。

でも、まさか、歩けないとは思っていなかったはずです。

又、私は酸素吸入を受けながらの状態でもあり。
リハビリの事なんて、頭に微塵も有りませんでした。

ただ、息が苦しそうながらも、自力でおトイレに行かれた方の行いは、
知らない間に私の意識に深く入り込んでいたのです。

排泄に対する意識が芽生えてくるのです。

おむつに?慣れてしまえばそんなもん…。それではダメなんです。( ※ 排泄事情です。不快でなければお読みください)

一方、私の排泄事情なんですが
一般病棟の重症患者の病室に戻った頃は
恐らく、ICUで施された尿道カテーテル?(尿管に通された管)にて排尿を行っていたのですが、
その事は認識出来ていません。

尿道にカテーテルが留置されている時は、尿意は一切覚えず
いつ出ているのかも分からない感じでした。
痛みや、違和感を感じる事も無かったように記憶しています。

意識と記憶の結びつきは日増しに、はっきりと確実になります。
尿管に管を挿入されている感覚が分かる時がありました。
その時初めて、自身の状況を認識したのです。

有難くも、管の出口のバックには尿が溜まっています。
しっかり出ているみたいでした。

どのような頃合いだったのか、病室は、個室かと思える感じの4人部屋に移動。
3.5面が壁や窓で囲まれた、眺望が最高な病室です。

体が、環境が、良くなるにつれ
次第に自身が不自由と感じる所に意識が寄ってしまいます。

えっ⁈足が動かないよ?立てないよ?
心配になってきます。不安になってきます。

足が動かない理由が分かると、
今度は排泄事情に意識が向かいます。

病気と闘うと決めて実践している食事の完食。
そのおかげなのか、体は日増しに良くなる実感。

本格的に始まった抗がん剤 R-CHOP療法。
点滴が増えると尿意も増すのでしょうが
尿管カテーテルにより、尿意や排尿感はありません。

きっかけは忘れました。
ある日、尿管カテーテルの抜き外しが行われました。

痛みは無かったように思います。
何とも言えない、ず~ん、とした感覚。
思ったより管は長く、ず~ん、がしばらく続きました。
と言っても5秒かそれぐらい。

尿管カテーテルを入れられていた時は、尿意を感じることがなかったのですが
カテーテルを抜くとどうなるのだろうか?
尿意は戻ってくるのか?垂れ流しか?
ささやかな不安に駆られます。

が、常に、おしっこ、おしっこ。そんな事を考え続けている訳ではありません。
気付いた時には、忘れていた尿意が復活していました。
久しぶりに感じた尿意。

しかし、オムツを付けられている身。
どうしていいのやら。
看護師さんも「オムツにしていいんですよ」とは
わざわざ言ってくれません。当たり前ですよね。

何の抵抗なのか、ぎりぎりまで辛抱してみるものの
いずれは出さずにはいられないんです。

ささやかな自分への言い訳。
「病気なんだから仕方ない。」

初めてオムツに出すときの、悲しく切ない思い。
屈辱感にも似たやるせない思い。

私とすれば尿管カテーテルの方が気楽でした。
ですが、体には感染やその他のリスクがあり
外せるのならば外すのが順当。

でも、一度やってしまえば、あとはもう…。
尿用のパッドをしてくれていて
数回の放尿を受け止めてくれています。

3回の放尿後、看護師さんに替えてもらうんです。
尿用のパッドを。

排便もそうでした。
口からの食事を摂り始めるまでは便意も感じません。
食事を開始しても、当初は便秘状態。

これではダメだと、浣腸を促されますが、これは頑なに拒否。
明瞭な意識ではないにしても、どえらい事になる事は想像に難くありません。
ならばと、摘便を施されます。
看護師さんの指を、モンさんに突っ込み、掻き出してもらうんです。
本当にありがとうございました。そして、ごめんなさい。そんな事まで。

オムツに自ら排便をした後も、看護師さんに交換をお願いするんです。

なかなか想像はいただけないのではないでしょうか?
出た物、臭気、恥部、更に汚れた恥部。すべてを晒すのです。
この心境。自尊心の喪失。そんな言葉以上の心境ですね。

お風呂に入れない私を、ベットに寝た状態のままで、
ボディーソープで下半身を洗ってくれるんです。
本当に感謝でしかありません。

そんな状況ですから、私は、羞恥心の一切が吹っ切れていました。
羞恥心が吹っ切れていなければ、何よりも苦痛だったのかも知れません。

羞恥心を無くす事は、治療を行う上ではちっぽけな事でしょうが
患者の心得としては大切な事なのかも知れません。
あくまでも、私の感じた事ですよ。

私はオムツを交換してもらうことに抵抗がなく
むしろ、清潔を少しでも保てると考えて気楽でした。

おトイレで済ませたい。切に願い、ほんの少しの一歩前に。


看護師さんには申し訳ない思いでしたが
こればかりはどうにもなりません。
オムツは交換をお願いするしかないのです。

同室の方々にも排便時には、臭気でのご迷惑をお掛けしたことでしょう。
申し訳ございません。

申し訳ないという思いが、小さな一歩につながるのです。

あれだけ、苦しそうに呼吸をなされていた方が
ごそごそもがきながらも、ご自身でおトイレに行かれていた気配。
鮮明に思い出されます。

こんな事ではダメだ。オムツに頼っていてはダメなんだ。
歩きださないと。一歩を踏み出さないと。

再び歩く事を目標に…。いや、違う。そんなにきれいな目的ではないのです。
もっと、人としての根本的な問題。
自由におトイレに行きたいんだ!

動機なんて、そんなもので十分です。
自分が必要と感じて、思って、それだけで終わらせない。
その為に一歩を踏み出す術を考える。動機はそんなものなんだと思います。

この秘かなる内に秘めた思いを知らない妻は、
大人用のオムツを、特売の日をめがけて、そこそこの量を買い溜めてくれていました。
(今も、相当量が残っていますよ。(笑))

妻も辛い思いをしていたそうなんです。
オムツを買うのが恥ずかしかったのか
この先一生、オムツのお世話になるんだとの思いが辛かったのか。
もう自力ではおトイレに行けない。そう思い込んでいたそうです。
言い換えれば、私が歩けることの望みは薄い。そう感じていたのでしょう。

まず、看護師さんに相談しました。
先ずは尿に関しては尿瓶という提案を受けました。

これなら、自分で出来る。直感ではそう思いました。
早速試したいと申入れ。でも、尿瓶を挟むほどの足を拡げる動きが困難なんです。
動かせないのです。

足を動かして、安心していたのは、足首から先の動きだけだったんです。
足の付け根からは動かそうにも、重すぎて動かせないのです。
やばい…。足への不安が一気に募ります。

ダメだ、使えない。落胆しました。
そんな時、看護師さんからの神の一言。
「お手伝いするから、尿瓶で頑張ろ!」
「何でも足を動かしておけばいいんだよ」

先ずは、コールでお呼びし、オムツを外してもらい、尿瓶をあてがい、粗品を突っ込んでもらいます。
そこまで介助を頂かないと事が進みません。
終われば、尿瓶を取ってもらい、オムツを戻してもらう。

これだと、尿パッドを交換頂く方が手間はないですよね…。
3度に一回で済むんです。尿瓶は、毎回です。
点滴のせいでしょう。とにかく、よく出ます。

看護師さんが忙しい時は、コールをしても間に合わない時もあります。
そんな時は、念のために付けている尿パッドへの放尿。

余りにも恐縮なので辞退を申入れしましたが、
「そんな事は遠慮や恐縮する事ではないんですよ。」
尿瓶は継続されていきます。

であるならば、早く、尿瓶だけでも自立しなければ。

~ To be continued ~

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