新聞奨学生

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朝日新聞の奨学生として過ごした4年間の学生生活。
奨学生としては、恐らく最悪な勤務態度。
それでも無事、やり遂げさせていただけました。
販売店 店長の心の寛容さに感謝。
そして、朝日新聞社に感謝。
そして、支えてくれた友人に感謝。
その当時の記憶を交え、新聞奨学生をお考えの方の参考になればと
私見をお伝えさせていただきます。

お伝えしたいことは、甘い期待は抱かない事。

期待を抱くから、期待と比較して現実とのギャップを感じてしまうのです。
ギャップを自分自身で処理できればいいのですが
出来なければ挫折へと傾いてしまうのだと考えます。

新聞奨学生は相当な額の奨学金を支給いただくのです。
労働力を提供する事で学費を支給いただく制度なのです。

現在では、労働内容により奨学金の額に違いがみられるようですが
例えば、4年生大学の場合、4年間で520万円を上限額として
学費等の実費を支給いただける上に
奨学金とは別に、毎月のお給料を13~15万円程が支給されます。
配属する販売店により違いはあるでしょうが、相部屋か個室提供の上、光熱費負担も無し。

年収にすると約310万円です。
住居高熱費を加味するとそれ以上。
それだけの額を、第三者にご負担いただく為に
労働を提供する制度である事実を忘れてはいけません。

それだけの金額を容易く得られるという幻想は捨てるべきです。
労働が無理であれば、特待生を目指せばよろしい。

特待生なんて絶対無理。
多くの人はそう思われるでしょう。
何をするべなのか、したところで特待生になれるかどうかはわかりません。
それがわかっているから無理と思われるのです。

特待生は、勉学やクラブ活動での成果を極めた
最優秀者のみが学費を免除される制度だからです。

そこそこの成績で高額な学費が免除される訳がありません。

新聞奨学生になる。
それは、特待生を目指すに等しい覚悟が必要なんです

労働を対価として奨学金として学費等を負担していただき
加えて給料と住居提供を受けなが、学業と勤労を両立する制度という事です。

特待生となるに等しい努力が必要なのは当たり前です。

お金をいただくということ、得るという事には
何かしらの困難が伴うのである。
と、先ずは、知るべきです。

誤解を恐れず申し上げると、挫折される方は
心のどこかで
本分は学生なんだから優遇されるはず。
優遇されるべき。
学生生活を満喫したい。
そんな甘い考えを抱いているのではないでしょうか。

どの様な学生生活にするかは読者さん次第です。
そもそも、こうありたい、こうであってほしい。
そんな期待と願望は捨てて
実生活に即した中で、ご自身の日常を、学生生活を
自分で一から組み立てなければなりません。

世の中には本当に勉強もせず、最高に頭の良い人がいるかもしれません。
世の中には本当に努力もせず、最高の運動能力を発揮出来るの人がいるかもしれません。

でも、ほとんどの人は、想像すら出来ない努力により、特待生になられているのです。

努力の中身と投下する時間が、勉学なのか運動なのか労働なのか。
中身の違いだけです。それ程厳しいことなのだと知って下さい。

私は一流アスリートの厳しいトレーニングと投下時間と比較すれば
奨学生制度の方が体力的にも過酷さ的にも何倍も容易いと思います。

真冬の夜中、雨の中、冷たい風雨に打たれながら
自転車やバイクを乗り降りし配達します。
例えば2時間、あなたはその過酷さが想像できますか?

レインコートの中には雨がしみ込んできます。
手袋などほぼ数分でビショビショ。手は一瞬でかじかんでしまいます。
ゴム手袋を使用?いい考えだと思います。

如何に快適さを保ち体をいたわれるか。
そうした工夫をしながら続けなければならないのです。

雪が積もれば?台風の日は?
梅雨の蒸し暑い最中、レインコートを着て動き回れますか?
勿論、配達は休刊日以外、何が有ろうとも勝手に中止する事は出来ないのです。

新聞奨学生

新聞奨学生の実態 ~1980年代中旬を振り返る~

新聞奨学生の業務と言えば何よりも配達業務をイメージされるのでしょう。でも朝刊を思い出してください。広告が沢山折り込まれていますよね。配達業務と並ぶ重要業務。結構な時間がかかります。30数年前の新聞奨学生時代の日常を振り返ります。
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